外国の料理のなかでも、もっとも親しまれているもののひとつが、イタリア料理。そして、イタリア料理といえば、だれもが思い浮べるのが、スパゲッティやマカロニなどのパスタ類だ。スパゲッティの語源は、イタリア語で「ひも」を意味する「スパゴ」、マカロニは、同じく「ひも」を意味するナポリ方言の「マッケローニ」がなまったものである。パスタはこれらの総称だ。イタリア料理の代表格と思われているバスクだが、じつのところ、イタリア人にとってはスープがわりである。イタリア人たちは、日本人だとじゅうぶん一食分となるパスタを食べたあと、メインディッシュに入る。グルメに加えて、たいへんな大食漢ぞろいなのだ。スープがわりとはいっても、このイタリア独特の「スープ」に対するイタリア人の思い入れは深い。なんと、イタリアには、パスタの製造方法に関する法律まであるのだ。パスタは、ゆで上げたとき、「コシが強く、シコシコとした歯ざわりがあって、深い味わいをもつ」ものがよいとされている。この条件にあてはまるパスタをつくるため、イタリアでは、「パスタの原料は、デュラム小麦のセモリナ(粗挽き粉)百パーセントでなければならない」と、法律で定められているのである。デュラム小麦というのは、硬質小麦ともいわれ、グルテンが多い種類の小麦。おもに、地中海沿岸、中近東、アメリカ、カナダで産出する。日本産の小麦はグルテンが少ない軟質なので、パスタには適さない。パスタの品質を保つための、グルメの国イタリアらしい法律といえる。とはいえ、この法律、欧州統合の進んだ現代では、商品の自由な流通を妨げるというので、輸入品に対しては適用できなくなってしまっている。
メトロポリタン美術館(TheMetropolitanMuseumofArt)。既に見たという人でも、メトロポリタンのコレクションは約200万点、実際に展示されているのは、そのうちの4分の1にすぎないのだから、メトロポリタンはやはり、ニューヨークを訪れる度に、通うのが正しい。17に分かれた各部門は、それぞれがひとつの美術館といってもいいほどで、それが1か所に集合しているから、いかにこの美術館が巨大なものかが分かるだろう。それを全館、漠然と見ていたのでは感動も薄くなる。世界の美術館に共通して言えることだが、こうした大美術館で絵を鑑賞する時は、数多くの収蔵品の中でも特に貴重な名作を中心にジックリ鑑賞するべきだ。例えばメトロポリタンなら、35点という世界最大規模の作品数を誇る「レンブラント」(第13室)にまず直行すべきだ。続いて、生涯で35点しか描かなかった作品のうち5点の名作がある「フェルメール」(第12室、第14室)などをジックリ鑑賞するといいだろう。絵画や美術品を鑑賞する時の鉄則は、まず、いいもの、評価の高い作品から見ることだ。すると鑑賞眼が肥えてきて、各画家の力量が分かるようになる。絵画や彫刻を見るというのは、意外に体力を必要とするものだ。特にメトロポリタンやルーブルのような大美術館の場合、展示品ごとに見ていたら途中でくたびれてくる。だから元気なうちに、素晴らしい名作をタップリと見ておいたほうがいい。メトロポリタンでは、ほかに同美術館の最高額で落札されたベラスケスやエル・グレコ、あるいは、ヨーロッパ印象派のモネ、マネ、セザンヌも17〜30点近くあり、それだけでひとつの美術館ができるほどだ。絵画を鑑賞する際のもうひとつのコツは、絵画を数メートル先から見ること。よく画家でもないのに、目を画面に近づけて筆のタッチを見ている人がいるが、それより遠くから眺めて次第に近づくと、色調が美しく変わり画家の意図がよく分かる。欧米の美術館では、その意味もあって展示室の中央にソファが置かれているのだ。メトロポリタンは、1階奥のバーとカフェも素晴らしく、あれこれ欲張って鑑賞せずに小まめに休むようにしたい。ヨーロッパ以外では、エジプト美術、あるいはファッションギャラリー、古楽器ギャラリーも面白い。
岩手県がほかの東北各県ときわだって違うのは総理を五人も出していることである。原敬、斎藤実、米内光正、東条英機、鈴木善幸である。山口県の七人に次ぐものだが、山口のほうは戦後の岸・佐藤を除けば明治維新の功労者だから実質ナンバーワンといってもおかしくない。現在でも小沢一郎という政界の実力者の地元である。もうひとつ面白いのはこの県が石川啄木、宮沢賢治、山口青頓といった詩人たちのふるさとであり、その反面、経済界や官界などでの成功者は少ないことだ。思うにビジネスマンや官僚はオポチュニストで合理主義者のほうが向いているが、政治家や詩人はもっと悶々と悩むような人が向いている。そんなことの反映ではないだろうか。また、まじめである種の正義感が強く、一度方針を決めたら良くも悪くも頑固なのは、東条英機とか小沢一郎を見ても分かるとおりである。この政治力は、東北新幹線を仙台止まりでなく盛岡までもってきたことにいかんなく発揮された。山陽新幹線が博多止まりであるのと比べれば、明らかな優遇ぶりであるが、このお陰で岩手県には江刺水沢、花巻の二駅もできて日本のチベットなどといわれた不便な土地から国土軸の幹線に沿った土地としての位置を獲得した。岩手県の北部は南部藩、南部は仙台の伊達藩の領地である。南部氏は鎌倉時代に甲斐から乗り込んできて、いまは青森県に属する三戸に本拠を置いていたが、豊臣秀吉の天下統一後、雫石川、北上川、中津川の合流地点で交通の要衝だった盛岡に近代的な城下町をつくった。城は大規模な石垣や天守閣をもったもので、東北地方では会津若松城に次ぐものだったといえよう。その盛岡の名物といえば、南部鉄器とわんこそば。わんこそばは、小さな器に仲居さんが次々とそばをつぎ足してくれるもので、美味かどうかは別として、客へのもてなしとしての気持ちを表現したご馳走である。最近はそれに冷麺が加わった。ちょうど緯度が同じくらいの平壌の名物である冷麺を売り出して当たった。